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奥州市立岩谷堂小学校

愛唱歌「とんがり帽子」の制定

曲の由来

敗戦から2年が過ぎた昭和22年(1947年)、東京には1万3千人もの戦災孤児たちがいた。
その孤児たちの救済を呼びかけるラジオ番組「鐘の鳴る丘」がNHKによって制作された。
このドラマの主題化が「とんがり帽子」。ドラマ中の戦災孤児たちが作った楽園が「とんがり帽子の時計台」ということばに象徴されている。ドラマは開始直後から人気が高まり、主題歌が流れ出すと、子供たちは一斉にラジオの前に集まるほどだった。
ドラマの原作者は「君の名は」等で知られる菊田一夫氏。主題歌も菊田氏による作詞。
3番の「〜おいらは帰る 屋根の下 父さん母さん いないけど 丘のあの窓 おいらの家よ」という歌詞は番組の成立事情を知れば理解できる。

学区の概要

実は、菊田氏は敗戦前に2,3ヶ月ほど岩谷堂の及正旅館に疎開していたのである。
歌詞の登場する「とんがり帽子の時計台」のイメージは、旅館から眺めた明治記念館(旧共立病院)から得たといわれる。

学区の概要

今では番組そのものの内容をする手がかりは少ないが、主題歌の「とんがり帽子」はCD化され、平山郁夫画伯の推薦する画家によって描かれた画集「四季 日本のうた」に歌詞も収められている。
日本を代表するふるさとの歌100曲の中に採り入れられたのである。
全国区の知名度であるし、明治記念館の塔屋から、朝な夕なにこの曲のメロディーが流れ、何より江刺区民に愛唱され続けている。

学区の概要

このように江刺区と深い関係にあるこの曲が、岩谷堂小学校で愛唱歌として歌われることで、この曲は児童の文化的財産となり、将来江刺区を遠く離れることになったとしても、緑多きふるさと江刺は、この曲とともに懐かしく思い出されることであろう。
また、この歌を通じて江刺を紹介すれば、親しみを持って受け入れられるのではないだろうか。
いつも心に太陽を、いつもくちびるには、この歌を・・・。

制定日  平成8年4月1日